俺様はこの季節が嫌いだ
  嫌な感覚に苛まれることになるから


 −Repaint−


窓の外で強く水音が鳴る。
梅雨であるこの時期には珍しくない風景。
俺様は自室で外を眺めていた。
右の眼窩を支配する、じりじりとした感覚に眉間に皺が寄る。

右目を喪ってから、雨が降る度に右目が疼くようになった。
特に梅雨の時期は雨が近づくだけで疼きが起きる。
はっきり言って気持ちのいい感覚じゃねえし、右目を喪った事実を思い起こさせられるから気分も良くない。

「…何か飲むか」
嫌な感覚のせいで変な緊張をしてたらしく、無駄に喉が乾く。
立ち上がり部屋から出て、台所へと続く廊下の角を曲がったその瞬間。


ぱぁん!


銃声よりも軽い、鋭い音に一瞬身体が跳ねる。
音と共に目の前に飛んできた紙吹雪と紙のリボン。

気づけば俺様は色とりどりのそれを、身体全体にかぶっていた。
目の前には厚紙で出来たバズーカらしきものを持っている兄貴。

「……おい、兄貴。
 何なんだこれは」
俺様自身も知らない内に声が低くなる。
そんな俺様の様子に気づいているのかいないのか、兄貴はいつもの調子で続ける。
「ん?
 ああ、クラッカーというものらしい。
 神様に相談したらくれたんだよ」
「……相談?」
「ああ。
 思い切り驚かすにはどうしたらいいか訊いたんだ」
兄貴の顔には綺麗な笑み。


ぶつん、と何かが切れる音がした。


「―変なこと相談してんじゃねぇぇえ!!」
叫ぶのと同時に懇親の右ストレート。
だがそれは軽々と兄貴に止められる。
「まったく。危ないだろう、マサムネ」
「うるせぇ!
 自業自得だろうが!!」
俺様が叫べは兄貴は更に笑う。
「―っ、何がおかしい?!」
「いや、よかったと思っただけだよ。
 ……………」
最後に俺様に聞こえるかどうか怪しいくらい小さな声で呟いた兄貴は俺様の手を離し、去っていった。



「ったく、何だったんだ兄貴の奴…」
この時期になると兄貴のイタズラはその数を増す。
曲がり角で驚かすといった簡単なものから、微妙に冗談やイタズラとして済ますのが難しいものまで、その種類は無駄に多い。
そしていつも綺麗に笑んで去っていく。
イタズラが成功したことを面白がった表情じゃなく、どこか安心したような嬉しそうな表情で。
本当に何なんだ…、と考えていると、じりじりとした嫌な感覚に再び襲われる。
「あー、またかよ。
 …さっきまでなかったってのに」
嫌な感覚に、再び眉間に皺が寄り始める。

「わっ!!」
「?!!」

その瞬間を狙ったのか、いきなり大声と共に肩を掴まれた。
この家に俺様に気づかれずに背後に立てるのは一人しかいない。
「ななな、何だってんだ、兄貴!」
予想通り、俺様の背後には兄貴がいた。
「いや、驚かしてみただけだ」
「だから何で驚かすんだよ!」
俺様の問いに、柔らかく笑んだ兄貴は一言。

「…秘密、だ」



結局、その後もいろいろと兄貴はイタズラを仕掛けてきた。
右目の疼きが来たかと思えば、兄貴がイタズラを仕掛けてくる、そのサイクルの繰り返し。
「…訳がわからねぇ」
兄貴は意味のない行動はほとんどしない。
だから俺様にイタズラを仕掛けるのにも何か理由があるはずだが、それを尋ねても答えてはくれない。
どうすれば兄貴が口を割るかと考えていると、右目が弱く疼く。
外を見れば朝から降り続いた雨はぽつぽつと落ちるだけになっていた。
「今日はそんなに気にならなかったな…」
右目の疼きは雨の強さに比例するから、今日くらいの雨だと確実に疼きに苛まれる。
だが今日はほとんど感じることがなかった。
「代わりに兄貴のイタズラが多かったか…」
そう一人ごちて気づく。

兄貴は意味のない行動はほとんどしない。
梅雨の時期の兄貴のイタズラの頻度と俺様の右目の疼きの頻度はほぼ同等。
その事実から導いた結論は一つ。
兄貴は俺様が右目の疼きから意識を逸らすようにイタズラを仕掛けていたという事。
それなら兄貴の笑みがイタズラが成功したことを面白がる笑みじゃないことにも理由がつく。

「本当にそうだってんなら、口で言えばいいのに」

俺様が出した結論が正しいかはわからない。
けれど、何となく合っているような気がした。
俺様の知ってる兄貴はそういう奴だから。



  俺様はこの季節が嫌いだ
  嫌な感覚に苛まれることになるから

  けれど 今までよりは好きになれた
  自分を気遣う相手の優しさがあるから





 <あとがき>
何故か骨を折るけがをする率が高めで、そのせいで一か所ごく稀にその部分が疼きます。
で、疼くのは雨の日が結構多くて、しかも疼く感覚が好きじゃなくて。
そんな自分の体験から「雨で右目が疼いて不機嫌になるマサムネとかいいなあ」と思ったのが最初です(笑)
実体験も参考にする、だって腐女子だもの(←

マサムネ視点だから白ムネがすごい優しい風に見えるけど、白ムネ視点を書いたらまた面白いことになりそう。
『片目に施すその意味は』でも表れてるように、白ムネは独占欲…というか自分の方を見ろって思いが強いから。
マサムネは白ムネのその部分に気付いてないorうっすら気付いてるけど全容までは把握してない。
そんな白黒が好きです。