祭りから帰ってきた二人はそれぞれ着替え始める。
マサムネは義賊・暗闇烏としての装束に、白ムネはいつもの白装束に。

日が落ち、空が闇色に染まり始め、マサムネが家を出る時間が近づいてきた。
「さてと、そろそろ時間か。
 …じゃあ兄貴、行ってくるぜ」
「ああ、マサムネ。いってらっしゃい」
祭りの見回りに向かうマサムネを見送りに、白ムネも玄関先に立つ。
白ムネ流の出かける時のおまじないを受けたマサムネが戸に手をかけると、いきなり外から強く戸が叩かれた。
驚いたマサムネが戸を開くと、そこには馴染みの警邏の姿。
急いでここまで来たらしく、息が整っていない警邏は息を整えつつ、マサムネに言う。
「大変だっ、祭りの見回りの人手が足りん…!」
「何だと?! どういう事だ!」

警邏の話を要約すると、今日祭りの見回りに参加する人間の半数が食中毒の餌食になったらしく、
例年の半数で祭りの見回りに当たらなければならないという事だった。
祭りが終わるといつも疲れきった状態で帰ってくるマサムネを見ているから、白ムネにも事の大変さが理解できる。
「それぞれの知り合いにも声をかけてもらって人を集めてはいるんだが、中々集まらなくてな。
 暗闇烏の人脈で誰かすぐに呼べる人はいないか?」
警邏の言葉にマサムネは思考を巡らせ、思い至ったのか不敵な笑みをつくる。

「いるぜ、一人。
 それもとびっきり腕の良い奴がな」
「本当か?!」
「ああ。
 …なぁ、兄貴」

その言葉と共に白ムネの方をマサムネが見やると、警邏も白ムネを見る。
いきなり話を振られて驚いた白ムネはとっさに警邏に礼を返す。
タイミングが掴めず今まで挨拶すら出来なかったからだ。
だが警邏はそれを了承の礼ととったらしい。
「では準備が出来次第、祭りの本部に来てくれ。
 俺は他の様子を見てくる」
そう言い残し、警邏は走り去っていく。

「おい、マサムネ…」
「いきなり巻き込んで悪ぃ、兄貴。
 手伝ってくれないか…頼む」
一人置いてきぼりに近い状況の白ムネはマサムネに声をかけるが、マサムネの瞳が真っ直ぐに白ムネを射る。
その瞳に宿る意志に負けたらしい。
「…わかった。私で出来ることなら手伝おう」


 −大輪と一輪 後編−


マサムネがどこからともなく持ってきた衣装に白ムネは腕を通す。
白ムネの体に合わせて作られた白い暗闇烏の装束に。
マサムネに問うと、いつか必要になる時があるかもしれないと思って準備していたらしい。
着慣れない洋装に手間取りつつも着替え、マサムネの元に行く。

「ところで私は何をすればいいんだ?」
祭りの本部に二人で歩いていく中で白ムネが問う。
「ああ。
 毎年祭りの客を狙って、すりやら痴漢やら、果ては喧嘩をふっかける奴らがいるんだ。
 俺様達はそいつらを見つけ次第、とっ捕まえるなり、仲裁するなりしりゃいい。
 俺様には他の見回りの奴みてぇな持ち場はねえから、他の見回りの奴らが見つけて、
 俺様達から逃げようとする奴を捕まえるのが主な仕事だな」
「ふむ。
 それくらいならば出来るか」
マサムネの説明に白ムネは納得して頷く。
「屋根を破壊しない事を条件に、特別に屋根の上の移動を許可されてる。
 兄貴は人混みにも慣れてねえだろ?
 だから屋根の上から挟撃してくれ」
「ああ、任せろ」



本部で祭りの関係者を示す腕章を受け取った二人は、例年最も相手方が暗躍する辺りへと出向く。
既に夕焼けから夜に移り変わる頃。相手方が行動を起こしやすい時間帯。
白ムネはマサムネに言われた通りに、屋根の上から祭りの様子を見ていた。

柔らかく灯る提灯の列。
照らされて動く人々とその喧噪。

視力が良く、夜目も利くが、どれだけ目を配ってもあまりの人の多さに、白ムネにはどこで相手方が行動を起こしているのかも判らない。
それでも目を凝らしていると、見慣れたものが舞っていた。

先祖代々受け継がれているギターを変化させて、マサムネが作り出した鳥である。
鳥は優雅に人々の上を舞い動く。
あのギターは持ち主の意志に応じて形を変えるだけではなく、持ち主と情報を共有する事が出来る。
「なるほど。その手があったか」
白ムネがマサムネの策に納得していると、急にマサムネが動き出した。
マサムネの動きに気づいたのか、人混みを強引に縫って逃げる男が一人。
マサムネも男同様に人混みをかき分けて進もうとするが、人々の安全の事もあり、男のように強引な手段はとれず距離が広がっていく。
距離が広がる事に対する苛立ちから、舌打ちをしたらしいマサムネと白ムネの目があった。
聞こえないのは分かっているが、「任せろ」と白ムネが言えば、言いたい事は伝わったのかマサムネが頷いた。

それを受けて、白ムネは足場を蹴った。
人混みを逃げる男と平行するように、障害物のない屋根の上を軽やかに進む。
屋根が途切れればその場を跳び、場合によっては電柱すら足場にして。
男が人混みを抜けた瞬間、白ムネは己の外套をはためかせ、男の前に立ちはだかった。
いきなり現れた人物に男は一瞬怯み、再び逃げ出そうとする。
しかし、易々と取り逃がすような白ムネではない。
男が怯んだ一瞬の隙に男が再び人混みの中に入らないよう、男の目の前に移動する。
「ひっ、ひぃぃっ!」
男には白ムネが瞬間移動したように見えたのだろう、化け物でも見るように顔を引きつらせる。
「…やれやれ、別に捕って喰いやしない。
 だが祭りに乗じて悪事を働かれても困るのでな。
 大人しく捕まってくれ」
とりあえず威嚇も兼ねて、外套の間から武器をちらつかせる素振りを見せれば、男は抵抗する気も失せたらしい。
奪った財布を出し、男はその場でそのままうなだれた。

この男をどうするか、と考え始めた白ムネの前に祭りの関係者の腕章をつけた少年が現れた。
「そこの白いの、へーきか?」
目の前に現れた足取りのように、その言葉は軽い。
「ああ、私は大丈夫だが貴殿は…?」
夕方に家に来た警邏とは違う、面識のない相手に白ムネは問う。
白ムネの前に現れた全身を赤で統一し、火縄銃を担いだ少年はにぃと笑ってみせた。
「オレはダイってんだ。とりあえずマサムネの知り合い。
 さっきあんたがそいつを追った後に、マサムネに言われたんだ。
 『すりを捕まえてたら代わりに本部までそいつを連れていってくれ』ってな」
マサムネからの言伝に白ムネは納得する。
反対にダイは少し納得していないようだ。
「けどよ、あんたそいつを気だけで圧倒できんだから強いんだろ?
 本部に連れてくまでにあんたがそいつを逃がすなんてヘマもしないだろうしさ。
 なんでマサムネはオレに頼んだんだ?」
確かに現状だけを見れば、ダイに応援を頼む必要は見られないだろう。

しかし、白ムネには理由がある。
「…私は外に、人に慣れていないんだ。
 ついでに言えば祭りに参加したのも今年が初めてでな。
 さすがにそんな人間に人混みをかき分けて、本部まで辿り着けなどとは言えんだろう」
「あー。そりゃ厳しいな。
 だったら後はオレに任せな!」
白ムネの言葉を受けて、ダイはにぃと笑い言う。
「すまないな」
「いいっていいって!」
白ムネから男と男が盗った財布を受け取って、ダイは人混みの中へ消えていった。
「さて、私も戻るとするか」
辺りの街路樹や電柱を足場に、白ムネも再び屋根へ跳び、元の場所へ戻り始める。
その途中で別の見回り役が追いかけていた男を捕まえるのを手伝う事も忘れない。



ようやく最初にいた屋根の上に戻った時、轟音と光が白ムネを包んだ。



攻撃を受けたのかと思い身構えれば、人々から歓声が上がる。
それを疑問に思い前を向けば、夜空に音と共に大輪の華が咲き誇っていた。
「そうか…もう花火のあがる時間なのか」

花火を見る事が初めてという訳ではない。
幽閉されていた間も、白ムネは囲いの中から毎年花火を見ていた。
しかし白ムネの幽閉されていた場所は、この祭りの会場からは遠く、花火はもっと小さく見えていた。
こんなに大きく、音の振動や人々の歓声を受けて花火を見た事はない。

一瞬惚けたように花火を見ていたが、視界の端に動く『黒』を見た瞬間、白ムネは我に返る。
自分は今、マサムネと共に仕事をしているのだ。
今までに体験した事のない機会に名残惜しさを覚えつつ、空を見上げる人々とは対照的に、地に目を凝らした。



人が花火に気をとられている事もあり、すりの活動が活発になる。
花火が終わって一段落つくかと思えば、帰路につく人々を誘導し、時折起きる小競り合いの仲裁に入る。
十時近くになってようやく、いつもの町の様子へと戻った。

「…遅いな」
マサムネに先に帰るように言われていた白ムネは、祭りに着ていった濃灰色の浴衣を纏って、縁側に座っていた。
白ムネとしては他の祭り関係者同様、片づけまで手伝いたかったのだが、せわしなく動く人々の様子を見て、手伝いが逆に邪魔になると推測した。
マサムネも同じように考えたらしく、白ムネに帰ることを促したから大人しくひいたのだ。

先ほどまでは屋台を片づける音も聞こえていたが、今はほとんど何の音も聞こえてこない。
だからもうマサムネが帰ってくるかと思い、白ムネは書物を読むことを止めてマサムネの帰りを待っていた。
いつも以上に動いた事もあり、空腹は限界に近い。
けれど未だに動いているマサムネを放って先に食べるのが何となくはばかられ、今に至る。


からから、と引き戸を引く音が聞こえ、ただいまー、と小さな声で聞こえる。
廊下を見やるのと、家に入ってきたマサムネが白ムネを見つけるのは同時だった。
「おかえり、マサムネ。
 遅かったな」
「ただいま、兄貴。
 手伝いに時間がかかっちまったんだ。
 兄貴はもう飯食ったのか?」
白ムネの方に歩いてくるマサムネの外套が不自然に少し揺れる。
「いや、まだだが」
「そりゃよかった」
マサムネの言葉に白ムネが怪訝な顔をすると、マサムネが外套の中から袋を出した。
マサムネの外套が不自然に揺れたのはマントの中に物を隠していたかららしい。
袋から包みを取り出すと、マサムネは二つのうちの一つを机に置き、もう一つを白ムネに渡す。
「兄貴、先に食ってていいぜ。
 俺様は着替えてくる」
そう言ってマサムネは部屋を出る。
一人残された白ムネもマサムネに渡された包みを机の上に置き、台所へと向かった。

白ムネが冷えた麦茶を持って部屋に戻ると、着替えたマサムネが既に座っていた。
「待たせたな」
「そんなに待ってねえから大丈夫だ。
 兄貴こそ先に食ってて良かったのに」
白ムネから麦茶を受け取りつつ言うマサムネに、白ムネも答えつつ座る。
「お前が動いてるのに一人で先に食べるのははばかられてな。
 それに揃って食べられるならそれに越したことはないだろう?」
「まあな」
机の上の包みを手に取り、二人とも開く。

中には鶏卵よりも少し小さい丸いものが8つ。
それに塗られたソースが光を反射して光る。
それなりに冷めてしまっているが、立ち上る香りに食欲をそそられる。
「たこ焼き…か?」
「ああ。祭りの前に二つ頼んどいたんだ。
 出来るだけ温かい状態のを残しといてくれってな。
 まあ、結構冷めちまってるけど」
「そうか、ありがとうマサムネ」
「これくらいどうって事ねえよ。
 むしろこっちが謝らなきゃいけねえだろ」
たこ焼きを一つ食べたマサムネが白ムネに言う。
たこ焼きを咀嚼している最中の白ムネは目でマサムネに問う。
「…いきなり祭りの見回りに巻き込んじまっただろ」
「ああ、その事か。
 別に気にしなくて大丈夫だぞ?
 初めての経験だったが面白かったしな。
 それに外で立派に動くマサムネを見れたから満足だ」
「…立派に、って何だよ。
 子ども扱いすんなよ」
白ムネの言葉にマサムネは不服そうに呟く。
そんなマサムネの様子を受けて、白ムネは笑う。
「仕方ないだろう?
 外で動くマサムネを見るのは初めてだったんだからな」
「そりゃそうだがよ…」
多少納得がいかないらしくマサムネは眉間に皺を寄せる。

「…格好良かったよ。
 お前は私の誇りだ、マサムネ」
眉間に皺を寄せたままのマサムネの耳元で、白ムネはそっと囁いた。
「なっ、何してんだよ兄貴!」
白ムネのいきなりの行動に怒ったように声を上げ、マサムネは顔を反らす。
少し見える頬が赤らんでいるのは知らないふり。



「ご馳走様でした」
たこ焼きを食べ終えた白ムネが包みを片づけながら、ふと何かを思い出したらしく口を開く。
「そういえばマサムネ、どうしてもしたいこと、というのは何だったんだ?」
「ああ。実は最初の予定だともう達成してんだ。
 兄貴は祭りに出るのに消極的だったし、兄貴と屋台の食いもん一緒に食おうと思っててよ。
 けどもう一つ思いついたんだ。
 兄貴が疲れてなきゃ、これからそれをやりてえんだけど」
「ああ、大丈夫だ」
マサムネの問いに笑顔で白ムネは答える。
「じゃあ悪いけど兄貴、外にある掃除用の桶に水を汲んで、ここまで持ってきてくれねえか?
 あと草履を二人分。
 俺様もその間に準備しておくからよ」


白ムネは玄関で自分の草履を履き、マサムネの草履を片手に持ち庭へ進み、マサムネに言われた通りに庭で掃除用の桶に水を張る。
それも持って、先ほどまでいた部屋の縁側まで歩いていくと、マサムネが何かしていた。
袋から出した厚紙に固定されている筒や棒状のものを外し、縁側にそれを置いている。
マサムネの持っているそれが何か分からないらしい白ムネは興味深そうに眺めていたが、厚紙に印字されている文字をみて呟く。
「花…火……?」
「ああ。
 いきなり巻き込んじまったから、兄貴ゆっくり花火見てる暇もなかっただろ?
 だから規模は小せえけど、買ってきた」
「これが花火なのか?」
マサムネの言葉を受けて白ムネは眉間に皺を寄せる。
「花火、というものは夜空に打ち上がるものだろう?
 こんなに小さくて夜空に打ち上がる訳がないと思うんだが」
「そりゃこれは打ち上げ花火じゃねえからな。
 これは手持ち用の花火で、片側に火薬が入っててそこに火をつけるんだ。
 家でも出来るように作られたやつだから祭りで見るような花火よりは凄くねえけど、これはこれで綺麗だぜ」
厚紙から手持ち花火を外し終えたマサムネが白ムネから草履を受け取って履き、地面に蝋燭を立てて火を点ける。
そして花火を一本手に持ち、適当に一本を白ムネに渡すと、自分の花火を蝋燭に近づけた。



微かな火薬の爆ぜる音と閃光。
薄のような緩やかな放物線を描いて一輪の華が咲く。
マサムネの持つ花火が終わり、マサムネが水を張った桶に終えた花火を入れるまで、白ムネは微動だにしない。
「…兄貴?」
そんな白ムネが心配になったマサムネが声をかければ、白ムネは我に返ったらしく体が跳ねる。
「ああ、すまない。
 先に火を点けて、終わったら桶に入れればいいんだな?」
「ああ、それでいいんだけど…平気か?
 本当は疲れてんじゃねえのか?」
微動だにしなかった白ムネの様子から、疲れていると考えたらしいマサムネが問う。
「本当に大丈夫だよ、マサムネ。
 初めて見て、驚いただけなんだ」
いい年して恥ずかしいがな、と苦笑して言う白ムネに口の端をつり上げたマサムネが言う。
「だったら今から慣れりゃいいんだよ」


二人で並んで花火をする。
テンションが上がったらしいマサムネが何本かの花火を両手に持って「俺様すっげー!」と叫びつつ花火に火を点けて、白ムネに怒られた以外は平和に。
花火を続けていると白ムネがぽつりと呟く。
「…今日はとても充実していた」
「…いつもはそうじゃねえのか?」
マサムネが言葉を返せば、白ムネはゆるく笑う。
「いや、昔に比べれば今は常に満たされてるさ。
 あの四角いだけの部屋の中で独りでいることを思えば、どれだけ救われているか…。
 だが今日はマサムネと共に祭りに行くことが出来たし、祭りの喧噪を見る事も出来た。
 人の為に動くことが出来たし、花火も近くで見れた。
 それだけでも幸せなのに、こうして二人で花火も出来た。
 こんなに満たされる事はない」

「……今にそれが普通になるぜ」
白ムネの言葉を聞いたマサムネが呟く。
その言葉に首を傾げる白ムネに対し、マサムネが言葉を紡ぐ。
「だってそうだろ?
 これからも毎年一緒に祭りに行けるし、花火だっていつでもやれるんだからな」
「…ああ、そうだな」
自分で言って少し恥ずかしくなったのか、顔をそらしたマサムネの横で、白ムネは笑う。

大輪のように華やかに、一輪のように輝かしく。





 <あとがき>
『大輪と一輪 後編』、ようやく書き上がりました。
実際の季節は夏じゃないけど。秋だけど。
ポケ○ンの中じゃ季節は夏だし、なんて阿呆な事を言い訳に考えた頭は残念賞です(←

義賊衣装でマサムネと共に動く白ムネさんを書きたい、がこれを書き始めた動機です。
その後いろいろと詰め込みたい物を詰め込んだら長くなったのは誤算。
しかしそのおかげでダイちゃん出せたりしたからそこは結果オーライ。