ぽん、ぽん、と空砲の音が響く。
いつもの昼下がりとは違い、大通りがにわかに活気付く。

「兄貴ー、いるか?」
マサムネが声をかけつつ家の中を巡れば、どこからか微かな声。
その方へ向かえば、開け放った縁側で書物を読む白ムネがいた。
「どうした、マサムネ」
白ムネの前に現れた、紺地に龍の刺繍の入った甚平を身に纏ったマサムネは、にぃっと笑む。
「今日は何の日か知ってるか、兄貴」
「ああ。
 今日は祭りだろう?
 少しでも喧騒を味わえたらと思って、私もここにいる」
「…なら、近くで楽しもうぜ?」
マサムネのその言葉に白ムネは怪訝な表情をする。
対するマサムネの表情は悪戯を思いついたように楽しそう。

「祭りに出かけようぜ、兄貴」


 −大輪と一輪−


「…しかし、他の者が良い顔をしないだろう」
白ムネにとってマサムネの提案は魅力的だ。
祭りの喧騒を楽しむ為に大通りに近いこの縁側に陣取っているくらいなのだから。
しかしその身に持つ呪いにも近しい力を恐れられて長い間幽閉されて暮らしてきた白ムネは、幽閉を解かれたとはいえ、未だに出かけることに対して消極的だ。
そんな白ムネに対しマサムネは言葉を紡ぐ。
「大丈夫だって。
 もう俺様が18代目になって権力は持ってんだから、兄貴を虐げてきた奴らにも対抗できる。
 祭りの本番は夜だけど、俺様は義賊・暗闇烏として盗人どもに警戒しなくちゃならねぇから夜は行けねえし、人気の少ない昼ならあの狸共もまだ大人しいだろ。
 それにいざとなったら神の野郎が助けるって確約も得てんじゃねえか。
 な、兄貴。行こうぜ?」
マサムネの目が真っ直ぐに白ムネを見る。
少しの無言と、白ムネの溜め息。

「…そうだな。行こうか、マサムネ」
「おう!」
「そうと決まれば、善は急げだ。
 早速行こうか」
書物に栞を挟み、部屋の隅にある机の上に置いた白ムネはそのまま玄関へと進もうとする。
「って、ちょっと待て兄貴!
 その格好で行くつもりか?!」
「うん?
 そのつもりだが、いけなかったか?」
マサムネの言葉に白ムネは首を傾げ尋ねる。
「いや、いけねえ訳じゃねえけど…。
 白装束で祭りに来るやつなんて見たことねえからよ」
「そうか…。
 だが私は他にあまり持っていないからな」
常に白いものしか身につけない白ムネがどうしようかと眉根を寄せる。
「兄貴の事だからそう言うと思ってたぜ。
 ほらよ」
そんな白ムネにマサムネが手渡す。
受け取った白ムネがそれを広げると濃灰色の浴衣だった。
「…これはどうしたんだ?」
自分の丈に合った浴衣に驚いた白ムネが問うとマサムネが答える。
「前に家に来た衣装屋が持ってきてたんだ。
 それで…間違えて置いていきやがってよ。
 俺様には大きくて着れねえが…その、いつか役に立つかもしれねえ…って思って…」
「私に合うかと思って取って置いてくれたのか?」
しどろもどろに答えるマサムネに白ムネが問う。
「ばっ!
 べ、別に兄貴を思って取って置いたとか、そうじゃねえからな!」
「そうか。ならばそう言うことにしておこう」
「…っ、笑うな!」
どう見ても照れ隠しにしか見えないマサムネの様子に白ムネは柔らかく笑う。
「では早速着替えるとするか。
 すまないがマサムネ、玄関で待っていてくれないか?」
「ああ」



マサムネに手渡された浴衣を着た白ムネとマサムネは共に大通りを歩く。
夏の盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ暑さは衰えを知らない。
そんな中、祭りが最も盛り上がる夜に向けて、屋台の準備が進められていく。
「…あー、やっぱりほとんどのとこが準備中かよ」
予測をしていたとはいえ、開いてる屋台がほぼない事に対し、マサムネが溜め息をつく。
「祭りの本番は夜だからな、仕方ないだろう。
 それにこれはこれで面白い」
そんなマサムネとは対象的に白ムネは辺りを見回す。
「まあ、それならいいけどよー。
 あ、兄貴。かき氷はやってるみたいだぜ」
「本当だな。
 …食べるか?」
「ああ。祭りに来たってのに何も食わねえのもつまんねぇだろ」
話しつつかき氷の屋台の前へ行き、売り子に2つくれるように頼む。
この屋台は自分で自由に氷みつをかけられるらしく、色とりどりの氷みつが並んでいる。
それらの前で白ムネは止まる。
「どうしたんだ、兄貴」
イチゴの氷みつをかけ終えたマサムネが隣に立つ。
「いや、種類が多いからな。
 どれにしようか迷ったんだが…」
「別に自分の食いたいと思うやつでいいんじゃねえか?」
「まあ、そうなんだがな。
 これは歩きながら食べるだろう?」
「…そりゃ屋台の食いもんだからそうだろうな」
「だったらこぼれてもそこまで被害が及ばないものにしたくてな」
「被害…って大げさじゃねえのか?」
白ムネの言葉にマサムネが溜め息混じりに言う。
けれど白ムネは柔らかく笑んで答える。

「私にとっては大切なことだ。
 …ところでマサムネ、これはなんだ?」

そう言った白ムネが示した先には透明な氷みつ。
「ああ、みぞれだ。
 早い話が砂糖水みてぇなもんだな」
「…ならばこれにするか」
「へっ、それでいいのか?」
白ムネの言葉に心底驚いたようにマサムネが問う。
「ああ。
 一番シンプルなものを試すのもいいだろう?」
そう言いつつ白ムネがみぞれの氷みつをかけ終えたのを見計らって、かき氷を口に運びつつ二人は進む。
「うん、美味いな」
「ああ、暑いしやっぱりうめぇ」
「もう少し粗いものかと思っていたが、食べやすい」
白ムネの言葉にマサムネの眉間が寄る。
「…そりゃかき氷なんだからこういうもんだろ?」
マサムネの言葉に白ムネは目を見張り、そして困ったように笑む。
「いや、私は初めて食べるからな」
「はぁ?!
 馬鹿言うなよ、兄貴」
「こんな事で嘘をついてどうする。
 今までの私の生活では触れる機会などなかったからな。
 それに祭りに出るのも今日が初めてだ」
その言葉を聞いて、マサムネは気づく。
氷みつをかける時に白ムネが止まっていたのは、考え込んでいただけではなく、知らなかったからでもあった事に。
「……悪ぃ」
ぼそりと呟いたマサムネの頭を白ムネはくしゃくしゃと撫でる。
「気にするな、マサムネ。
 それにお前が私を連れ出さなければ、私は今日この場にいなかったんだからな。
 …ところでマサムネ、手にたれてるぞ」
スプーンでかき氷を掬ったままだったマサムネの腕を溶けたかき氷が伝う。
白ムネが言うまで気づかなかったらしく、くしゃくしゃにされた髪もそのままにマサムネは慌てる。
「やべぇな、はやく何とかしねえと服についちまう」
少しずつマサムネの腕の上で伸びていく透き通った赤。
白ムネはそんなマサムネの腕を取り。

伝う赤と同様に赤い己の舌を這わせた。

驚きに身を強ばらせるマサムネを気にせず、白ムネは伝ったみつを残らず舐めとっていく。
みつを舐めとった後も伝った場所を丹念に舐め、最後に軽く腕に口づけた白ムネは呟く。
「………甘いな」
「―っ、ばっ、馬っ鹿じゃねえのか!」
そんな白ムネにマサムネは思わず声を荒げるが、顔が朱に染まっていて怖さはどこにもない。
「服に付いては大変だろう?」
「そりゃそうだけどよ、もっと方法ってもんがあるだろーが!」
「まあな。
 だが綺麗にはなっただろう?」
「…もういい」
確信犯のように飄々と答える白ムネにマサムネは溜め息ひとつ。



時間が経ち、少しずつ人が増えていく。
「夜の準備しなきゃいけねぇし、そろそろ戻らねえとな」
「ああ」
二人で人の波に逆らって、家へと向かう。
無言でいたマサムネの耳に届く小さな笑い声。
声のする方を見れば、白ムネが嬉しそうに笑んでいた。
「…なんで笑ってんだ、兄貴」
マサムネの問いに白ムネは柔らかく笑んで言う。


「いや、こういう穏やかな日があるとはずっと思っていなかったからな。
 幽閉され、一生を終えると思っていた。
 誰かと町を歩くことも、今日のように祭りを楽しむことも諦めていた。

 だが今、こうして叶わないと思っていた事が叶っている。
 それが、たまらなく嬉しいんだ」


「…兄貴、今日の夜って空いてるか?」
白ムネの言葉を聞いたマサムネが問う。
「私は空いてるが…。
 だがマサムネ、お前は祭りの見回りがあるんだろう?」
「ああ。だからその後になっちまうんだが」
「ならば、私は家で大人しく帰りを待つとしよう」
「悪ぃな、兄貴。
 どうしてもしてぇことがあるんだ」


夕焼けで伸びた二人の影と、大きくなっていく祭りの喧騒。
そして喧騒は日常を塗り変える。





 <あとがき>
夏祭りな白黒お届けです!
前編だけでも8月中になんとか書ききれました;

私の住んでるところは7月の中旬に夏祭りが行われます。
今回お祭りの描写をする上でのモデルはそのお祭りだったりします。
かき氷だけ早くから売ってるのは実話です(笑)

マサムネが甚平着てて、白ムネさんが浴衣着てるのは趣味です(←
後編の舞台は夜。夏祭りといえばやっぱりあれが出てこないと!