辛いことなど 思い出さなくていい


 −片目に施すその意味は 白ムネside−


「マサムネ」
時間的にもう少しでマサムネは見回りに出るだろうと予測して、マサムネの名を呼び手招きをする。
その動作を見たマサムネが一言。
「兄貴が来やがれ」
そう言うだろう、と予測はしていたが実際に言われて苦笑せざるをえない。
マサムネの言葉に従って隣に座り、尋ねてみる。
「最近、町はどんな感じなんだ?」
「…花街の芸妓狙いの阿呆どもが多いな。
 毎晩に近い頻度で現れやがる」
「それは、義賊・暗闇烏として見過ごせないな」
「ああ。
 今日もこの後見回りに行く」
「そうか。
 気をつけてな、マサムネ」
そう言った私に対し、マサムネは口角をつり上げる。
「俺様を誰だと思ってんだ、兄貴。
 弱ぇやつにしか手をださんような奴らにやられる訳ねえだろうが」
マサムネの言葉に自然に笑みが浮かぶ。
「そうだな。
 武術の仕込みのないような奴らではお前にかなわない。
 だが、油断は禁物だ…わかるだろう?」
「ああ。
 …さてと、じゃ俺様はそろそろ行くぜ」
「待て、マサムネ」
立ち上がり、戸口へと進もうとしたマサムネを即座に呼び止める。
私も立ち上がり、マサムネの前に立つ。

そっとマサムネに顔を近づける。
眼帯の上からマサムネの右目に口づけた。

「…気をつけてな」
そう言いつつ、マサムネから離れる。
「―っ、兄貴」
いきなり呼ばれたかと思いきや、胸ぐらを掴まれマサムネに引き寄せられる。
マサムネの行動に驚きはしたが、したいようにさせる。

すると、私がマサムネにしたように眼帯を付けた右目に口づけが送られた。

「……いってくる」
「ああ、いってらっしゃい」
マサムネの行動につい笑みが浮かぶ。
私の方を見ずに部屋から出ていったマサムネの肌が少し赤らんでいたのは見間違いではないと思う。



マサムネの右目は今はない。
幼少の頃に病で失明し、その眼窩は空洞だ。
物を見るのは片目だけでも十分だ、と周りには言い、失ったことを歯牙にかけてない様子で振る舞う。
だから周りも平気なのだと思っていて、目の事を心配する者たちは大分減った。
けれど病でどうにもならなかったとはいえ、片目を失ったことをマサムネは親不孝だと捉えている。
雨で古傷のように右目が疼く日に、疼きに堪えているのではない、私は心痛めた表情のマサムネを何度か見ているのだ。

だから、右目に口づけるようになった。
最初に口づけた時はマサムネは烈火の如く怒っていたが、
「外でお前を助ける事が出来ない私には、こうして武運を願うことしか出来ないんだ」
とマサムネに言うと、しぶしぶ行う事を許してくれた。
もっとも、武運を願う為だけの行為ではないのだが。
最近では私が口づけようとすることがわかるのか、名を呼ぶだけで立ち止まってくれるようになった。
それだけでなく、ごく稀にマサムネも私の右目に口づけるようになってくれた。
それがたまらなく幸せだ。
だからつい、欲張りになってしまう。

マサムネの右目に口づける度に、いつも思う。
私の元へ帰ってこい、と。
右目を失ったことに意識を囚われるな、と。
右目について思い出すなら私が口づけたという事を思い出せ、と。
その窪んだ眼窩に隙間無く、私の想いを詰め込めないのか、と。
そう思ってしまう。


  辛いことなど 思い出さなくていい

  ただ 私の事だけを 思い出せ
  思い出し 私に関してだけ その表情を変えろ





 <あとがき>
実はこの話のネタ、こっちのバージョンの方が先に浮かんでました。
ヤンデレ白ムネさんの、穏やかな行動の裏に潜む独占欲的なものを書きたくて。

自分以外のものに気をとられることが許せない白ムネさん。
なので自分を思い出すように、いろいろと画策。マサムネさんにそれを伝えないのはわざと。
蜘蛛の巣に引っ掛かり、捕食される蝶みたいに、白ムネさんはマサムネさんを絡めとりたいんだと信じてる(←