言葉はただの言葉
その言葉の指す意味しか持たない
−ひとこと−
今日も今日とて義賊・暗闇烏として闇夜を駆ける。
暗闇烏の頭領となったその日から、余程の事がない限り続けられてきた習慣。
建物の陰に隠れて、マサムネはそっと辺りを窺う。
今日もいつも通りとマサムネ自身思っていたのだが、マサムネの行動に煮え湯をのまされている相手からしたらそうはいかない。
常日頃のマサムネならば、悪事を働く奴らを打ち倒して悠々と家路についていたのだが、今日の相手は違った。
実際に悪事を働く者をマサムネに対する囮とし、マサムネを包囲する人員を配置していたのだ。
いつもよりも手応えがない事に疑いを持っていたから、己を包囲しようとする相手に気づき、捕まるような失態を見せてはいない。
しかし、現状に苛立ちを隠せないのか。
マサムネの口から零れたのは鋭い舌打ちだった。
「…ったく、日付が変わる前に帰れねぇじゃねえか」
結局マサムネが相手を適当にあしらいつつ包囲網を抜け出し帰途についたのは丑三つ時を過ぎた後。
野良犬ですら寝付いたであろう静寂の中を一人歩く。
しつこい奴らだった、とひとりごちながら歩いていると、ふと昔にもこんな事があったと気付く。
それはマサムネが義賊・暗闇烏の頭領を襲名して間もない頃、マサムネはちょっとしたポカをやらかして相手に囲まれてしまった。
幸いというか何というか、敵はマサムネが全て蹴散らしたのだが、かなり時間がかかりその日の帰りもこれくらいの時間だったのだ。
その日以外にもこれくらいの時間に帰途につくことは何度かあったが、深夜という事で屋敷の者は全て寝付いている事が大半。
そして帰って声をかけられたと思えば、狸爺たちの厭味ったらしい小言という事がたまに。
今日は前者だといいけどな、なんて思いつつ歩いていると既に自分が屋敷の前に来ている事に気付く。
錠を外し、そっと戸を引く。
「…ただいま」
答える人がいないことは分かりつつも、習慣化した挨拶を口にし、ブーツを脱ぐ為に屈む。
そんなマサムネの視界の外で、襖の開く音がして、廊下に人の気配がする。
「おかえり、マサムネ」
マサムネが顔を上げれば、夜着姿の白ムネがそこにいた。
「…ああ、ただいま。
……って兄貴、何でそこにいんだよ。
今何時か分かってんのか?」
とっくに白ムネは眠っていると思っていたマサムネは問う。
「ああ、夜中というよりは明け方に近い時間帯だな」
「分かってんなら何で寝てねえんだよ」
マサムネのその言葉に白ムネは笑む。
「いつもならば帰ってくる時間になってもマサムネが帰ってこないから心配でな。
それにもしお前をおいて先に寝たとしても、マサムネが帰ってきた時の物音に気づくから。
どうせなら帰ってきたマサムネに『おかえり』を言いたかったんだ」
「…そうかよ」
「そうだよ。
今日も疲れただろう、はやく着替えて眠るといい」
「ああ。そうする」
「では、おやすみマサムネ」
「おやすみ、兄貴。
…………あ、ちょっと待ってくれ」
就寝の挨拶を交わし、自室に戻ろうとする白ムネをマサムネが呼びかける。
そんなマサムネの言葉に不思議そうに振り返った白ムネにマサムネが告げる。
「…あー、その。………ありがとな、兄貴」
「…どういたしまして」
言葉はただの言葉
その言葉の指す意味しか持たない
しかし言葉に想いが込められた時
それは何よりも尊い大切なものとなる
<あとがき>
自分が迎えてもらえる場所があるって素敵だよなぁ、と思って滾ったので突発的に短文を。
言葉、って文字を組み合わせただけで、その言葉自身が持つ意味しか持たない。
なのに人の言葉によって私たちの心は震わせられるわけで。
それって言葉に想いが込められたからだよなぁ、と考えた時に、ふっと『おかえり』って言われるシーンが浮かびました。
『おかえり』って言って笑うイメージとして浮かんだのが白ムネさんだった辺り、相変わらずです(笑)