闇夜の中で 弦の音が響いたなら
  どんな理由があろうと 神妙にすることだ

  雛形の辞世の句を詠みたくないのなら


 −弦の音が世界を開く−


ここは古良和。古き良き和の風景、生活の残る土地。
進んだ文明をあえて取り入れようとしないこの街は、花街沿いの道でもない限り、夜道は暗く静かだ。

そんなこの街の路地裏を、一人の男が走る。
その手には仕立ての良い簪に扇、革袋。
それらを持った男は物陰にいる者に声をかける。

「…おう、こっちの首尾は上々だ」
「こっちもだ。あとは新入りが戻ってこれば…」
「もうそっちは終えたのか」
「ああ、もちろんだ。…おう、遅いぞ」
「すまないっすよ。でも上等なもん奪ってきましたぜ」
路地裏を走っていた男だけでなく、他の二人もその手に革袋や高価な品物を持っていた。
「しっかし、花街の奴らも馬鹿だよなぁ。盗人が出てるっていうのに少しも警戒してやがらねぇ」
「まあ、こっちとしては仕事がしやすくていいがなぁ」
「違いねぇ」
男達は顔をつきあわせて笑う。

「ん?」
笑いあっていた男達の中の一人が、ふと気づく。
「おい、どうした?」
「いや。…何か音が聞こえねえか?」
その言葉に応じて笑うのを止め、耳をすませば確かに何か音がする。
「弦の音…か…?」
男の中の一人がそう目星をつける。
「ふん、花街の芸妓の琴の音じゃねえのか?」
「いや、それにしちゃ音が違うだろうよ」
「まさか、あれじゃないんすか?
 …闇夜の弦の噂」
「ああ、夜に弦の音がしたら悪事すんな、ってあれか?」
「なんだおめぇ、あんなもん信じてんのか?」
「いや、信じてるわけじゃ…」
「だよなぁ」
そう言って再び男達は笑い出す。
彼らの上を黒い鳥が彼らを見下すように飛んでいったのも気づかずに。



「さて、そろそろずらかるか」
男達は盗品を大きな革袋にまとめ入れ、路地を進もうと駆け始めた。が、しかし。

「おい、待ちやがれ」
その言葉とともに彼らの前に、人が立ちふさがった。
全身に黒をまとったその人物の兜の立物が月の光を反射し光る。
狭い路地の真ん中にその人物は立つものだから、男達からすれば邪魔なことこの上ない。
「兄ちゃんよぉ、俺たちゃ急いでるんだ。
 そこどいてくれねえか?」
「断る」
男達の言葉が終わるか終わらないかのうちにその人物は言う。
「―ったく、俺様はちゃんと警告してるってのに懲りねぇ奴らばっかだ。
 まあいい、盗人ども。さっさとその持ってるもん返しゃ、不問にしてやらァ」
「あぁ?
 何だってんだ、てめぇは」
男達は黒い人物の物言いに苛立ったらしく、威嚇するように一歩前に踏み出す。
そんな男達に対し、黒い人物はにやりと笑い。

「俺様は義賊・暗闇烏18代目、独眼流のマサムネ。
 てめぇらみてえなのがこの町をうろついてんのがムカつくんだよ。
 ったく、働いて日々を懸命に生きてる奴らを食い物にしやがって。
 だから、―さっさと辞世しやがれ」

ちょうど吹いた風に任せるように外套を靡かせる。
そこから出てきたのは、武器、だった。
肩に担げる大きさの大砲に鎖付き鉄球、機関銃に海賊刀に似た刃物、ドリルに鉄のアーム…。
それらを構えた黒い人物―マサムネを見た男達は慌て、身を翻す。
「あんな状態のやつにかなう訳…」
「逃がすかっ!」
だがそんな男達の行動を予期していたのか、マサムネも男達とほぼ同時に駆け出す。
最高尾を走っていた男の足を鉄のアームで掴み倒し、真ん中を走っていた男には鎖付き鉄球を投げつけ、薙ぎ倒す。
「あと一人は…っと。
 …ちっ、逃げやがったか」
首領格の男は細道に逃げ込んだのか、二人を捕縛したマサムネの前から消えていた。
「…へっ。てめえなんかにあいつが捕まるわけねえだろうが」
鎖付き鉄球で捕らえられた男がマサムネに言う。
だがその男の言葉を受けてマサムネの肩が震える。
「…くくっ、何言ってんだ、てめぇ。
 この俺様から逃げられるわけねえだろうが」
そう言ったマサムネの肩にはいつの間にか黒い鳥が留まっていた。



「はっ…はぁっ…。
 ここまでくりゃあ撒けたか…?」
マサムネから逃げきった男が裏路地の物陰に隠れ座る。
息を整えつつ、男は考える。

 あの黒づくめに捕まった仲間をどうするのか
 助けるなら、今持っている盗品をどうするのか
 あの黒づくめはまだ自分を追っているのか―



「―ふん、そこに居やがったか」



男の思考を中断するかのように、声が響く。
「どっ、どこだ?!」
入り組んだ路地を走ったにも関わらず、すでに見つかったというその事実に、男の顔が青ざめる。
「裏路地を庭にしてんのはてめえだけじゃねえ。この町は俺様の庭でもあんだよ。
 何よりもこの俺様から、逃げられるわけがねえだろうが」
男が声のする方に顔を向ければ、長屋の屋根の上に人の影。
前に障害物は何もなく、屋根の上から追撃が可能なマサムネと、
物陰に隠れている上に座り込んでおり、すぐに逃げ出すことの難しい男。

結末は明らかだった。

「ちくしょおっ!」
しかし最後の足掻きなのか、逃げだそうと男が転がるように走り出そうとした、その時。


乾いた音と共に、男の前1メートル程の地面が爆ぜた。


「…俺は義賊だ。無益な殺生は好まねぇ。
 が、通らねぇ筋を通させるような事は許さねぇんだよ。
 ……もう一度言うぜ、これが最後だ。
 盗んだもん置いてさっさと失せろ。
 拒否するなら…辞世しやがれ」
鋭い目で男を見下ろすマサムネの右手には、硝煙がゆらめく小型の銃。
マサムネの言動に観念したのか、男は盗品を置いて逃げていった。




男達が奪った品物を持ち主の元に返し、マサムネは闇夜を歩く。
義賊・暗闇烏の首領としての生活が嫌なわけではない。
弱い者を食い物にする者を相手取るこの生活は性に合っているとも思う。
だが―

「自分はこの世界の半分も見れちゃいないと思ってるんだろ?」

気配もなくマサムネの前に現れた人物はそう言った。
「……何者だ」
帽子を被り、サングラスをかけた、少年と形容するべきその人物を警戒したマサムネは外套の中で小型銃に手を伸ばす。
「おっと、俺はおまえに危害を加えるつもりはねえんだ。
 だから銃は閉まってくれると嬉しいんだが」
「…てめぇ、一体何なんだ…?」
訝しんだ目で見るマサムネにその人物はにやりと笑い言う。
「俺はMZD。この世界の神様ってやつだ」
「…寝言は寝て言いやがれ」
「ひどいな、本当のことなのに」
「で?
 その神様とやらが俺様に何の用だ」
MZDの言うことを信用していないのか、どこか投げやりな様子でマサムネがMZDに問う。
「ああ。マサムネ、お前をポップンパーティーに誘おうと思ってきたんだ」
「なんだよ、それ」
「俺の開いてる集まりみたいなもんだ。
 俺が呼んだやつらが集まってそれぞれ音楽を奏でるのさ。
 それにお前を誘いに来た。
 お前は先代達以上に、その背のギターを奏でるためにも使ってるだろう?」
楽しげに口角をつり上げてMZDは笑む。
「…悪ぃが他をあたれ。
 俺様は―」

「「この町にいなきゃいけねぇ」」

「―か?」
マサムネの言葉を共に紡ぎ、MZDは問う。
「な…」
「神様なめんなよ。
 想いのこもった音は、その想いと共にこの世界に響く。
 だからお前の心の奥底の願いは俺に届いてんだよ。
 義賊・暗闇烏の首領とありゃあ、常に民衆の事を思い行動しよう、と自戒するのもわかる。
 けどな、仲間や町を守るためには見聞を広げるのもありだと思うぜ。
 おまえも気づいてんだろうけど、この町は他に比べて一つの事に傾倒してる。
 勿論、それ自体は悪いことじゃねえ。一つに決めることで出来る調和があるからな。
 だが、多くを含んでも調和してるもんだってこの世界にはある。
 そしてそういう世界があるという事にお前は気づいてる。
 気づいてんのにそういうもんを無視して生きるのはもったいないと思わねえか?」
「…知ったような口ききやがって」
「だって俺、神様だし?」
ふいと目をそらして呟くマサムネに笑うような声音で神様は言う。

「…わかったよ。出てやろうじゃねえか。
 俺様が出るにふさわしいもんなんだろうな?」
「当たり前、ってかこの俺が開くんだぜ?
 おまえが全力で挑まねえといけねえような場にしてやるよ。
 おまえの心の奥底からの想いを込めた『うた』、楽しみにしてるぜ」
「…上等だ」
炯々とした瞳のマサムネをみたMZDは満足そうに笑み、その場を後にした。


MZDが去ってから、再びマサムネは闇夜を歩き出す。
「面白そうなことになってきたじゃねえか」
呟いた言葉は空に溶ける。
だがその声音は溶けることがないような強い意志を秘めていた。




 <あとがき>
マサムネさんが好きすぎてその想いを詰め込んだらこうなった。
大好きだ、マサムネさん!!
公式が出る前に書き始めてたから、公式を受けて少し書きなおしました。
公式出る前は警官とか領主とか、町を守る系な人だと思ってました。
町が好きだから義賊家業を継いだんだと信じてます(←

自分の中の裏テーマは「マサムネさんがかっこいいシーンを散りばめよう」だったり(笑)
自分の書きたいイメージが表現できたような気がする。